日本語教育能力検定試験ではしばしば「戦前の日本語教育史」について問われます。
戦前の日本語教育史は苦手….
どの人物が何をやったのか全部覚えきれない….
このように感じている方も多くいらっしゃると思います。
本記事は「戦前の日本語教育における代表的な人物や功績」についてわかりやすく解説。
検定試験の対策をされている方、日本語教育史について関心のある方は最後までお読みください。
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戦前の日本語教育について理解しよう
検定試験の出題範囲において、日本語教育史は「社会・文化・地域」に該当します。
「社会・文化・地域」は内容が多岐にわたるので、どの項目も漏れなく理解しておきましょう。
区分 | 主要項目 |
社会・文化・地域 | 世界と日本の社会と文化/日本の在留外国人施策/多文化共生(地域社会における共生)/日本語教育史/言語政策/日本語の試験/世界と日本の日本語教育事情 |
言語と社会 | 社会言語学/言語政策と「ことば」/コミュニケーションストラテジー/待遇・敬意表現/言語・非言語行動/多文化・多言語主義 |
言語と心理 | 談話理解/言語学習/習得過程(第一言語・第二言語)/学習ストラテジー/異文化受容・適応/日本語の学習・教育の情意的側面 |
言語と教育 | 日本語教師の資質・能力/日本語教育プログラムの理解と実践/教室・言語環境の設定/コースデザイン/教授法/教材分析・作成・開発/評価法/授業計画/教育実習/中間言語分析/授業分析・自己点検能力/目的・対象別日本語教育法/異文化間教育/異文化コミュニケーション/コミュニケーション教育/日本語教育とICT/著作権 |
言語 | 一般言語学/対照言語学/日本語教育のための日本語分析/日本語教育のための音韻・音声体系/日本語教育のための文字と表記/日本語教育のための形態・語彙体系/日本語教育のための文法体系/日本語教育のための意味体系/日本語教育のための語用論的規範/受容・理解能力/言語運用能力/社会文化能力/対人関係能力/異文化調整能力 |
戦前の日本語教育史は、日本語教育分野で偉業を成した人物と功績について問われやすいです。
どの人物が具体的に何に取り組んだのか、関連するキーワードも一緒に覚えていきましょう。
関連する出来事を時系列順で見ていくため、本記事は人物の誕生した年順に解説していきます。
伊沢修二
伊沢修二(1851~1917)は国策としての日本語教育を最初に推し進めた人です。
日本が国家的な事業として外国人に日本語教育を行ったのは1895年、日清戦争の講和条約である下関条約の締結によって台湾統治が始まった年のことでした。
伊沢は台湾総督府に2年間赴任し、現地に「芝山巌(しざんがん)」という日本語学校を開設するなど、台湾での日本語教育に尽力しました。
「伊沢修二」に関連するキーワード |
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1895年、日清戦争、下関条約、台湾総督府、芝山巌 |
嘉納治五郎
嘉納治五郎(1860-1938)は日本の教育者、柔道家、議員として功績を残した人です。
東京高等師範学校(現・筑波大学)の校長として23年半間務め、日本語教育においては、留学生受け入れやローマ字教育などを推進しました。
嘉納は清国からの留学生のために「宏文学院」という私塾を創設。魯迅、周恩来、毛沢東をはじめとした多くの中国人留学生が宏文学院や東京高等師範学校で学びました。宏文学院と東京高等師範学校で受け入れた留学生の総数は約8000人にものぼりました。
「嘉納治五郎」に関連するキーワード |
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東京高等師範学校、宏文学院、清国の留学生 |
松本亀次郎
松本亀次郎(1866〜1945)は中国人留学生の日本語教育に生涯を捧げた人です。
松本は嘉納が創設した宏文学院で日本語を教えた経験があり、1914年には私財を投じて「日華同人共立東亜高等予備学校(東亜高等予備学校)」を東京・神田に創立しました。
魯迅や周恩来をはじめ、松本が生涯で教えた留学生数は2万人にのぼったと言われています。
「松本亀次郎」に関連するキーワード |
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中国人留学生、東亜高等予備学校、魯迅、周恩来 |
山口喜一郎
山口喜一郎(1872~1952)は台湾の日本語教育に尽力し、直接法を実践した人です。
山口は台湾総督府の国語講習員として台湾へ渡り、日本語教材作成や教授法研究に専念しました。台湾での日本語教育に尽力した伊沢修二から山口は大きく影響を受けました。
グアン式教授法(グアン・メソッド)を取り入れ、対訳法での指導から直接法での指導へと大きく方向転換したことでも知られています。山口式直接法は台湾で見事に受け入れられました。直接法
著書に『日本語教授法原論』『外国語としての我が国語教授法』などがあります。
「山口喜一郎」に関連するキーワード |
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台湾の日本語教育、伊沢修二、グアン式教授法、山口式直接法、『日本語教授法原論』 |
大出正篤
大出正篤(1886~1949)は満州で日本語教育に携わり、速成式教授法を提唱した人です。
昭和10年代、日本語教育の教授法について「直接法」VS「対訳法」の論争が起こっており、直接法を実践した山口喜一郎に対し、大出は対訳法を推奨していました。
速成式教授法は、総ルビ付きで全訳のついた教科書で予習させ、教室では会話の口頭練習を中心に行う教授法です。
大出は満州や朝鮮の読本を多数編纂し、後年は日本語教科書の編纂や教授法の研究を行いました。
「大出正篤」に関連するキーワード |
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満州、朝鮮、対訳法、速成式教授法 |
長沼直兄
長沼直兄(1894~1973)はオーラル・メソッドの影響を受けて、問答法を開発した人です。
長沼はイギリス人言語学者のハロルド・E・パーマーと共に英語教育研究所を設立、後にパーマーの影響を強く受け、長沼式(ナガヌマ・メソッド)と呼ばれる日本語教授法を作りました。
ナガヌマ・メソッドは音声言語を重視した教授法で、教室では日本語だけを使用します。
「長沼直兄」に関連するキーワード |
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ハロルド・E・パーマー、オーラル・メソッド、長沼式(ナガヌマ・メソッド)、問答法 |
まとめ
本記事は「戦前の日本語教育における代表的な人物や功績」について解説してきました。
内容をまとめると….
- 「伊沢修二」:国策として日本語教育を最初に推し進めた、台湾総督府に赴任し芝山巌開設
- 「嘉納治五郎」:東京高等師範学校長、宏文学院を創設、清国留学生の受け入れに尽力
- 「松本亀次郎」:中国人留学生の日本語教育に尽力、東亜高等予備学校を創設
- 「山口喜一郎」:台湾の日本語教育に尽力しグアン式教授法を実践、『日本語教授法原論』
- 「大出正篤」:満州や朝鮮の読本を多数編纂、対訳法を推奨、速成式教授法を提唱
- 「長沼直兄」:ハロルド・E・パーマーのオーラル・メソッドに影響を受けた、問答法開発
こちらの記事では、日本語教育の代表的な留学生政策を紹介しています。
池田早織
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